長いコピーを読んでもらって成果を出す為に奮闘せよ。



長い文章は好きですか?

あるいは読ませられていますか?

最近は、活字の世界に対する耐性が弱くなったと言われています。つまり、文章を読みたがらないという事ですね。
ならば、長い文章には価値が無いとか、好意が沸かないという事でしょうか。

これの真偽を考える事は置いておいて、もし長い文章がいけないという事になったら、本や新聞は存在し得ないという事になってしまいます。

重要な論点はそこではないですね。
実は、長短は関係が無い。

主観ですが、この世に言語が存在する以上、耐性が0(ゼロ)になる未来は絶対にありません。そう思っています。

そこで今回は長い文章の功罪についてお話しようと思います。
長くても読んでもらう事は出来ると。切り札とも言える良い所は沢山あると。
奮闘のし甲斐があると。
本来、文章に求められている事は何なのかを考え続ける事は面白いです。





コピーライティングを学んだ人の文章が下手なのは頂けない。
例えば、洋服売る人がダサかったらマズいですよね?

広告やコピーライティングの本のレビューをされている方は多いですが、その人の文章が下手だったらマズいですよね?
一番の見本なのだから。それが実践結果なのだから。

何が言いたいかというと、
まずは長いか短いかよりも、上手いか下手か。
その上手いか下手かにも、多くの捉え方があります。
何が上手くて、何が下手というのか。自身の勉強も踏まえて、そこを考えてみましょう。

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長いコピーは嫌がられる?



文章の長い短いについてどちらが良いのかという話が、時折出てきます。
広告・コピー関連の書籍を読んでも、日常の仕事でも。

私も常々悩みます。
あなたは如何でしょうか?

オンラインの世界でも、セールスレターの世界でも、実際に行っていく中でいつも考えています。長い文章は相手が嫌がるかなと妙な気遣いが。
ですが徐々に、そんな事に頭を使うのは徒労だとも思い始めました。

ある言葉に励まされてから、面白いように視点が変わっていく私がいるからです。

文章の長短については、この両書籍で触れられていました。どちらが良いのかと。


その答えは・・・



※参考文献:「現代広告の心理技術101」

どちらでもいい。
です。


先の書籍「現代広告の心理技術101」の中で、具体的にはこんな一節があります。
広告の神様と呼ばれるデイビット・オグルビィ氏の言葉。

ダイレクト・レスポンス広告業界の人たちは、短いコピーではあまり売れないことを知っている。
長いコピーと短いコピーで行った実験では、常に長いコピーのほうが売れ行きがよかった。(p266)


また、ダイレクト・レスポンス広告の巨匠と呼ばれるゲイリー・ハルバート氏の言葉。

長すぎるコピーというものはない。退屈なコピーがあるだけだ。(p267)


うおっ!

これらの言葉が、私にとっては一番の脳内革命でした。
この考えを突き詰めていくと、新たな考えが浮かんできます。

人は何の為に文章を読む?


それは、情報を得る為。
ただここでは、セールスコピーやコピーライティング限定の話とさせて下さい。


先の書籍に共に書いてあった事、それは、

長いか短いかの判断よりも、その情報を伝え切れるに最低限の言葉の量が必要なだけ。
それが結果として長いのかもしれないし、短くていいのかもしれないし、といった事でした。

少しでも多くの事を知らせたいのなら、存分に長くていいのでしょう。
加えて、そんな時に短文だと、知りたい相手が安心出来ない事態も引き起こしかねません。

更には長ければ長いであなたの選択肢が広がる。
この選択肢という概念が重要なポイントです。

※この記事の対決編として、文章の2つの世界について触れています。


 

長い事が与える選択肢とは?


流し読みと言う言葉があります。

例えば、
私たちが手にする新聞を思い浮かべてみて下さい。
長文の塊の代名詞ですが、恐らく隅から隅まで全部読む人は殆どいないと思われます。

居たら会ってみたいです。

そうは言っても、多くの情報を知らせる使命があるので、その形は未来永劫変わらないでしょう。


次に文が短い、そして情報が少ない新聞を想像してみて下さい。
一ページに数行。



勿論これは極端な例ですが、短い・少ないと、手軽さはあってもそれだけで終わってしまいます。
一方で、情報量が盛り込まれていると、それだけ選ぶ事が出来る。

それが先程の選択肢が広がるという事です。
内容が基準を満たしている事を前提とすると、長さや量がメディアの価値も上げますね。

このサイトをご覧のあなたも、全部読むというわけではなく、無意識のうちに言葉や記事を取捨選択している事と思います。
必要な箇所だけ掻い摘んで読む事や、それこそ流し読みが出来るという訳です。
全てあなたに自由と選択権がある。

逆に必要最低限の情報すらないと、選択も出来ません。

ここで見方を変えましょう。


相手の文章が長い時は、相手があなたに選択権を与えてくれている。
伝え切った上で。

妙に短い文ではその選択権を与えないし、不誠実とも言えます。
もしある人が長い文を否定したら、それはその人自身の自由を自ら奪っている行為に等しいといっても過言ではありません。

その人が選べばいいだけなのに。
実はこの論理を教えてもらい、気付いた時に少し気が楽になりました。

ですが、注意しなければいけない事があります。


ただ長いのが良いのではなく、
今度はその長くなったものを上手く作り込んで、目を誘導出来るようにしていかないといけません。

構成力ですね。


※参考文献:「ウェブセールスライティング習得ハンドブック」

文章に限らず、会話においても、この部分が上手いか下手かを分けるのではないでしょうか。
長短よりも、退屈にならないかどうか。
目に見える長短よりも、そういった目に見えない感覚の部分で真価が問われる事は戒めでもあります。


そんな事から、むしろ今では主に構成力を考える方が大きなウェートを占めています。
先の両書に関しても、単なる文章力に加えて、人間の行動心理や五感・摂理というものがふんだんに盛り込まれていて本当に深い。
時間が経てば経つほど、自分にとっては良書になっていきました。

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そして、奮闘する。


ライティングの書籍は、読めば読むほど思考力を与えてくれています。
そんなこんなを真剣に考えてみて、長いコピー自体を気にする事は無くなりました。
「相手に選択肢と権利を与えている」と。

心理学の世界で、私がかつて学んだ事に、
「人は選ぶ権利を与えられると信用する」
というものがあります。ビジネスの世界でも同じですね。

逆を考えてみて下さい。
こんな人はいませんでしたか?
あなたに選ばせない人。もしくはそういう人の事をどう思いますか?

この詳細は別の機会に触れますが、長いコピーには陰にそんな論理が存在するという事は、新たな発想でした。

そして書籍と共に実践中。


他にも多くのネタを試し続けています。
例えば、
のように最初の文字を大きくすると、コピーを最後まで読む確率が高くなるとか。
言葉そのもので、誘導してみる方法とか。これは実際にSNS等で試しています。
SNSはフォントはいじれないですが、文の構成を試していますね。

その先のアクセスが入るか否かを調べたりする事も。
これっ!というやり方よりも、広告は確率論だと気付かされます。

その手法の数々も、抱えているファンやブランドの性格によっても使用法は異なってきます。
もしあなたが真面目なタイプの顧客様を抱えているなら云々というように。

全部が全部正しい訳でも、効果があるわけでもありません。

あくまで自身のデータや統計の上で、人はそうなりやすいという事しかわかりませんが、その引き出しを多くする事が大切だと感じています。
ひたすら実践による検証。ゲーム感覚。


これらに関してはダン・S・ケネディ氏も言っています。
そういった確率論の中で、如何にして上手い文章を書くか、そして、如何にして最後まで読んでもらうかというのはプレッシャー。

そこまで考えて作り上げた上で初めて、人が導かれるのかもしれません。
もしあなたも長いコピーのジレンマがありましたら、こんな発想が周囲の活字への耐性を気にせずに出来る助力になるかもしれません。お役に立てたら幸いです。

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ガチで独創的に読んでくれたあなたに謝謝。

長いコピーを読んでもらって成果を出す為に奮闘せよ。」への5件のフィードバック

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