ガチで独創的なレビュー:「コーチング 言葉と信念の魔術 落合博満」(前編)



教える事が上手くなる事は、
人に慕われる。
必要とされる。



そんな人生は素敵ではありませんか?

本書を読んで、私自身の経験も顧みて、切に思いました。


ここに訪れたあなたには言うまでもないであろう、落合博満氏。
中日ドラゴンズの監督として黄金時代を築く前に書かれた著作。解説者時代のものです。
ここがポイント。

監督時代を経て書かれた次作「采配」での組織論とは異なり、厳しさと愛情、そして鋭い視点の盛り込まれた彼の指導論が盛り沢山です。
野球の事を取り上げながらも人間の心理に配慮した幅広い論理は、一般のビジネスの世界に適用しうる構成になっています。




指導論の基本事項が詰まっています。

何故そのように断言するのかと言いますと、主観ですが、実際に心掛ける事で手応えを感じた経緯があるからです。
勿論、一つ一つの言動を深めなければなりませんが、すぐにでも実践可能な内容。

ただ、基本的な事もあり派手さはありません。
魔法のようなものもありません。

一方で、プロ野球という世界で体得してきた彼の経験の数々を目にする事は、エピソードも手伝い、無駄にはなりません。
冒頭は、有名な屈辱から始まります。


読み進めていくと、自らの仕事や分野をもっともっと学んで深めようとする気にさせてくれますね。
もっと説得力を持った仕事と人材を目指そうと。

作られた言葉では人は動かせないという事を戒めながら。


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本書の概要と評価。

成長の秘訣は「自分で考える事」。


彼のどの考え・書籍にも共通する基本概念。

采配を振るうにしても、指導をするにしても、まずは相手(選手)に考えさせる。
これには共感して、私は取り入れています。

「教える事は、質問する事」。
この言葉はこちらの書籍の指導法にも出て来たフレーズです。




では、考えさせる事の理由とメリットは?
序盤ではそこに言及。

それは、
あなたが相手に「教える」事で、あなたに生まれる責任と、
相手があなたから「考えさせられる」事で、相手に生まれる責任

双方の責任を互いにわからなければいけない事で「自立心」になっていくという事です。
これは基本テーマですので、後ほど掘り下げます。

彼自身が、教えるという行為はどういう事なのかを問い詰めている様子が窺えます。

指導者は選手から能動性を引き出し、自分の野球に自分自身で責任を持てる選手に仕向けておくことが肝要だ。そのためには、練習の時から”自分で考える習慣”を身につけさせたい。(p74)

現役を引退して、臨時コーチとして招かれた時の感情と思惑が臨場感を持って展開されていきます。

自分で責任を取る事の重要性。
誰もが、与えられた世界で生きていく為に。


落合氏が理想とする部下との接し方。


一つ気になる事があります。
読んだあなたも同じ感覚になるかもしれません。

「私はこうありたい」
「私ならこうする」

そんなニュアンスの表現が時折見られます。予言や願望です。


本書の発行は2001年。
冒頭でも書きましたが、解説者時代のものです(監督就任は2004年)。
という事は、監督になる前にこれだけの指導論が彼の中で確立されていた事になります。
そして特筆すべきは、それらの内容を(今となれば)監督時代に一貫して実践している事。

そのブレの無さと先見の明に驚きを隠せません。

加えて、未だ色褪せない考察を思うと、時代を越えているという表現をそろそろ使っても良いのかなという気持ちに。

「私が監督になったら」という表現が出て来る事にも、微笑ましいのと、何とも言えない感じです。
本書ではあくまで理想の段階。

全体の構成は。




指導する側・される側、両方の視点。

指導論から始まり、部下への接し方、組織で自らを活かす術、そして自己鍛錬術という流れです。


次作「采配」と同じく、最初に名言のような、スローガンのようなフレーズから始まり、各々が2,3ページで締めくくられています。
これは読みやすいので、気付けばページをどんどん進めている事に気付くでしょう。

何とかビジネスや一般社会と結び付けて考えてもらおうとの配慮に好感。
同時に彼の見識の深さに心が奪われていくばかりです。

ただ、章によってはメディアや動画で既知のものがある懸念はあります。そこがやや残念。
あなたも知っているものがあるかもしれません。

ですが、一冊にまとめられている有難さはお伝えさせて下さい。


そして最終評価は。


監督時代を経た後ならば、もうひと押し深い話だったのかなとのわがままが起きてしまいます。
何故かというと、理想論のままで終わるのではなく、今以上に説得力が増すのではと考えたからです。
本書も十分深いですが。


そして、要である指導論は誰にでも適用しうる普遍的な内容です。
本質を常に掴もうとする落合氏らしさが全開。
あなたが明日から心掛ける事も全く問題ありません。

ただ、少しだけ見方を変えるならば、普遍的である分、他の経営者の書籍でも書かれていそうな指導論である事も否めません。
誰から学ぶかという事も重要になりそうです。
ファンであるなら文句なくオススメです。

そのような訳で、総合★★★★(4.6)の評価をしました。


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臨時コーチの経験が責任を考えさせる。

 
キャンプにやって来る臨時コーチは一番無責任な仕事で、絶対にやってはならないものだと思っていた。当たり前だが、そのチームには打撃、守備などあらゆる分野にコーチがいる。(p38)

当時の横浜ベイスターズに臨時コーチとして招かれたエピソードから。

彼の言うように、
選手の為を思えば、もし自分が教えた所で、所属するコーチが別の事を言ってしまったら混乱が起きて選手を潰す事になりかねません。
また、既に一定の成績を残したベテランを指導して、成績を下げさせてしまうような事も避けなければいけないのも同様です。

彼はそう感じていました。
臨時コーチなら尚更です。
そこで彼は初日に一言。




私の第一声は「こちらからは何も教えません。聞きたいことがあれば来てください」だった。相手が何を望んでいるのかがわからないうちは、こちらも何を話していいのかがわからない。(p40)

いずれの場合も、「教える」「指導する」という事には大きな責任が伴う。

あなたも経験ありませんか?
上司によって、言っている事が違った経験。

教える事は誰の為か?


「こうしろ」とは言えない。

そして言ってはいけない。

彼が警告を出す事の理由の一つに、教えるという行為は威厳を示すものではないと。
特にプロ野球の世界で起こりがちな事を挙げています。
それは、自分がどんなに一流の成績を残せたとしても、そのやり方が絶対ではない。

彼自身も、そんなやり方があるならばこちらが聞きたいと。

方法論や経験は教えられても、やり方は教えられない。

だから、答えは自分で出させる。


それは自分の持ち味をわかる事にもなるし、自分で納得がいく事に行き着きます。

一方、指導者の方針で100本振って打てなかった場合、選手は「昨日は疲れていたのに、無理してバットを振ったから打てないんだ」と言い訳にしたり、「言われた通りに100本振ったのに、なぜ自分は打てないんだ」と悩んでしまう。こんな受け身の姿勢では、いつまでも自立することはできない。(p75)

人のせいにする事には何の成長も無く、お互いの為になる事は何が理想かを本書では模索。
後に監督になってから活かされていくのはあなたもご存知かと思います。


ここからは私の経験談になりますが、私が技術的な事を教える時は方法・やり方は教えません。
その代わり原理は教えます。



「何故それをやるのか?」
「何故それが必要なのか?」


その理由は、原理を知っておく事はどこに行っても通用するからです。世界中どこでも。

例えば想像してみて下さい。

もしあなたが「こうしなさい」「こうするべき」と言って、その場では相手がその通りにしたとします。
それはあなたにとって確かに都合は良いのかもしれません。

ところが、その相手にしてみれば、あなたが居なくなったり、別の職場で異なる人からの指導で別の方法を教わったら、途端にその人は扱いづらい人になってしまう懸念もあります。
「あいつは言われた通りにやらない」と。

方法やしきたりといった表面上の部分は場所によって異なるのでしょう。
それでも、原理を知っておけばブレる事が無いですし、聞き流しておけば良いと言った事があります。


「身に付ければ、一生の財産。」

教える事で自分が優位に立とうなどという思惑も無く、仕事に愛情があるから、その相手の為になる事を伝えようとしたまでです。
手前味噌ですが、後々教わりに来て慕ってくれた事を想うと、伝わっていてはくれたのかもしれません。
私にとっても勉強でした。


自分で決める事はリスクにも自信にもなる。

 
「巨人を出る時に引退しておけば、もっと仕事があって、もっといい生活ができたのに」と言う人がたくさんいる。だが、私は”落合博満”という看板を持っているから、巨人の看板はいらない。巨人という看板がなくても生きていける。(p97)
 
彼のこの台詞がカッコイイと印象に残っています。
自分の力で考えて、決めて、責任を持つ事には一般論で言えばリスクを孕んでいるのかもしれません。
しかし、得た自信というものの最大のパワーも忘れてはいけないと、本書で励まされていきます。



頼るものが自分以外のものであるうち本物ではないとの気にもさせます。
自己を鍛える前にブランド志向に走る若い選手への彼からの忠告です。

彼が時折発する言葉、

「闘う場所を間違えるな」
の一言に集約されていくと思いますね。

このようにして、人間が人間を教えていく事の難しさを考えながら、自己の確立である自立心をキーワードに話が進んでいきました。
でも、ここでこんな疑問が。
自分で考えさせる事はわかった。
では、考えさせられるだけの人間になるのに必要な事は何?

指導する側が持っていなければならないものを、更にもっと知りたい。
その疑問を解決しようと、後半へページを進めていきます。

もうちょっとガチで知っておきたいから後編を見たい


指導する事は誰の為?名指導者へのパスポート。
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ガチで独創的に読んでくれたあなたに謝謝。

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