ブログに書くことが見つからないだって? 1000回やればアイデアは止まらなくなる。究極の急がば回れ。



ストイックでど根性な精神論ではありません。

1000回なんて言葉を使うものだから、ちょっとあなたを身構えさせてしまったのならお詫びをさせて下さい。


ただ一方で、その数字自体はどうやっても大事な考えでもあり、経験でもあることを約束してあなたにお伝えしたいと思っているのです。
この話の発端は、私の学生時代までさかのぼります。
まずはその話から。





1000回プロ。

当時のとある先生からこの言葉をもらったのを覚えています。今でもずっと大事にしている格言です。
私自身は専門的なことを知識・技術両面から身に付ける学校にいたこともあり、この言葉を授けられました


意味はこれから書いていくとして、もしかしたらあなたにとってはあまり聞き馴染みが無い言葉だろうと思います。
何だか想像が付くような付かないような、そんなビミョーな雰囲気をまとっているかもしれません。

しかしながら、噛み砕いていくと、とても深い言葉であることに気付かされます。

実際私は今日までこの言葉と共に歩んで、そう実感してきましたね。
普遍的要素でもあり、ブログの世界であろうと何であろうと役に立つと断言出来ます。

こちらの記事の続編です。


このラストで1000回という数字について触れました。

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「1000回プロ」の意味を正確に。


捉え方はいくつかあります。

一つ目は、1000回やってプロと呼べる。
二つ目は、どんなことでも100回、1000回と重ねると、自分だけに見えてくる世界がある。変化が必ずある。



この場合の1000という数字は例えです。
「1000本ノック」や「千里の道も一歩から」、そして「千載一遇」や「千代に八千代に」等のように、膨大な値を表す象徴ですね。

言うまでも無く、999回ではプロではないとかいう次元の話ではありません。

個人的な感想は。


その当時はただの言葉として通り過ぎて行っただけでした。

「ふーん、そういう言葉があるのかぁ」と。

よくありがちな、
「そのうちわかるよ」という先生からの台詞とセットでの伝授。


そして時は流れ、確実にその分野で1000回どころか10000回の実行を超えた今となれば、先の台詞のように、感覚的にも論理的にも、その言葉の意味は心の底からよーくわかります。
実に全てのことにおいて当てはめられる言葉だと、改めてお伝えします。


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一番わかりやすいメリットを教えて。


確実に体が覚えていること。
もしくは体が反応すること。
そして、考えなくていいし、頭で覚えなくてもいいので不安が存在しない。

1000回やるメリットはまずはそこです。

これって如何でしょう?
主観では、快楽すら感じる時もあります。


一見抽象的にも思えるそれらのメリットが、果たしてどんなことなのか?
それは、例えば
どんなスポーツでも構いませんので、アスリートを想像してみて下さい。



彼/彼女たちは1秒以下、つまり0コンマの世界で戦うことが多いですよね。何らかのプレーが起きるたびに考えている時間なんぞありません。

野球で飛んでくる打球、サッカーでのシュート、バレーボールでのアタック、ボクシングでのパンチ、相撲での投げ。
本物を見たことがあればリアルにわかるでしょう。

アスリートは何万回もの練習をして、その名の通り体得したから、考える前に体が反応するのです。


また、プロとアマチュアの最大の違いはそこだと言われます。
考えてやっているかいないか。もしくは考えないレベルまで行っているかどうか。

あるアスリートがそう言っているのを聞いたこともありますし、私自身もスポーツではないものの、仮にもプロと呼ばれる立場にいて、それはよくわかる気がします。

誤解はしないで下さい。

考えないというのは、思慮が浅いとか中身が無いということではありません。
繰り返しますが、体が覚えるまでやったことで、考える必要が無くなるということです。

そこで、こういう話をして、自分には縁の無い話だと早合点をしないで頂きたいのです。

誰にでも実現可能です。


身近な例では、主婦の毎日の料理の目分量というものも、ある意味同じ。

次にブログやライティングの話に置き換えてみても、いつでもどこでもひょんな時にネタやその概要が一気にひらめくといったところでしょうか。
1000回やればそんなことが起こるのを想像してみて下さい。

私はデザイン業をしているので、アイデアが止まらなくなるのは実感します。
振り返ってみると、技術的なことも感覚的なことも無意識のうちにやっているのに気付き、やはり考えているという自覚はありません。


1000回はあくまで通過点。


また、それだけの数をこなすと、達観してブレない自信を生み出します。

これだけやったというバックボーン。



そしてその自信は収益を生む可能性を秘めた立派な資本にもなります。
十分過ぎる、さらなるメリットがこんなにも。

様々な好循環を生むので良いことづくめです。

ただ、注意すべきことがあります。


1000という数字を意識しないこと。

さすがに数える方はいないと思いますが、それほどの数を重ねるのが苦にならないことをやるという論理が根底には含まれています。
1000を義務的に捉えるものでもありません。

そんなものを意識するのは気が遠くなり辛いので、精神衛生上も良くはないでしょう。


何よりも、気付いたら1000回は超えていたというのが最大の理想です。
その頃には気付けば見えている世界が変わっているはず。

だから、1000回は単なる通過点。もっと言えば
最低ラインに過ぎません。
これらのことを踏まえて、最後はブログやライティングに話を移しましょう。

 

いつでもどこでも、どんなことでも書きなぐれ。


1000回も10000回も。

特に始めて間もないころは質よりも量です。私もそうでした。
この事実は多くの関連書籍でも共通するところです。


※参考文献:「原稿用紙10枚を書く力」

やればやるほど、どうすればいいかがわかっていくので質も上がっていく。
1回目より2回目。2回目より3回目。

私の中では、今もまだそれは続いています。1000回は超えたでしょう。でも続けています。
ライティングの作業も本業も。そして楽しんでいます。


ひらめきが頻繁に起きたり、ある意味で考えなくてよくなるというのはとても楽。
心理・物理共に財産にもなるので是非オススメです。

思考は人間にとって一番苦痛な作業。
歴史の中でそう言われ続けているからこそ、時間を投資するだけの1000回です。

究極の急がば回れ。

このサイトも1000回を通過点にします。

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ガチで独創的に読んでくれたあなたに謝謝。

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