逆に損。
オリジナルは大切です。
再び用があってこの書籍を読んでいました。
「お客が集まるオンライン・コンテンツの作り方」
4回目の読破になるのですが、毎回いろいろな気付きをもたらせてくれます。
今回は妙にオリジナルの有効性の協調や、あなたの中の本物という言葉が目に止まるようになりました。
結局は、「誰かが言ったこと」を集めたコンテンツ戦略を採用するよりも、自分のオリジナル・コンテンツを作るほうが得策だと思うようになるだろう。こんなふうに考えてみてほしい -いつも野イチゴを探してばかりはいられない。時には自分で植物を植え、育てることも必要だ。(p137)
オリジナルという概念がどんなものかを突き詰めるのは別の機会にするとして、本来オリジナルのものを生み出すスキルやパワーを磨いた方が、逆に近道なのだと早く気付いた方が得をするというお話です。
中国のパクリ事情から話を始めましょうか。
あなたもご存知だと思います。見事なまでのパクリ事情。
時折微笑ましく笑いが起きる事もあります。
誤解はしないで下さい。
これから展開するお話は、決して中国をバカにしたり軽蔑をするという事ではありません。
個人的には中国の歴史に畏敬の念も持っていますし、文献にもお世話になっています。
かつての日本でさえパクリとは言わないまでも、「猿真似」と言われていた時代もあります。
車や家電、そういったものへの言葉でしたが、いつしか世界を席巻しMade in Japanというブランドを築き上げました。
その為、中国が云々という内容ではない事を先にお伝えしておこうかと思います。
ただ、素朴な疑問がいつもあります。
Contents [hide]
結局は損する事に気付かないのかな。
人から笑われたり、責められる分には問題無いと思っています。
何故ならば、そういった事に対する耐性があれば何の事は無いでしょう。
「笑いたければ笑って。責めたければ責めて。」で終わります。
あなたはパクる事のメリットは何だと思いますか?
いくつか答えがあるかとは思います。
私が一番に思うのは、時間と言わせて下さい。その次に来るのが労力と金銭でしょう。
それらが掛からずに、この世に存在させられるメリット。
一時的に目先のその部分でパクるのだろうと思われます。
(ただ、中国の場合はもはや専売特許になっていて、開き直っているのかもしれません)
でもよくよく考えてみて下さい。
「何か」があった時に、それらのメリットが何倍ものデメリットになって返ってきます。
笑われても良い、気にしないという次元では済まされない超現実的な問題もあります。
真実はわからないので発言はほどほどにしますが、東京五輪のエンブレム問題が記憶に新しい良い例です。
私はデザインを本業とする人間として見ていました。
心理的・物理的なダメージ、もっと言えば金銭的・時間的にも二度手間はおろか三度手間になります。
近道をしようと何も身につけない事は、結果的に損にしかならない。
自分で時間を掛けて生んだ方が速い。
一見逆説的です。
しかしながら、投資すべき所を間違えないようにする考え方は、結果として多くのリターンを生む。
プロとしても、ビジネスとしてもこの論理は不動です。
生み出す事を生業にしていると、その考え方がDNAレベルで染み付いてきます。
具体的に言うと、短時間でいい加減にやったものには人は金銭を払わないし、興味にすら至らない。
これはコンテンツやビジネスに限らず、人間そのものにも言える基本概念ではないのかと戒めています。
あのGoogleのSEOですら、人間味を増して、いい加減なコンテンツに対してペナルティを行うようになりましたね。
もしあなたがペナルティーを受けたら
と想像してみて下さい。
と想像してみて下さい。
私はいつも想像しています。ゾッとしながら。

サーバー代を始め、それまでの構築した時間も労力も失う事に。
それならば時間が掛かっても不器用でも、じっくりとやる事に時間を掛ける。
その方が心理的にも金銭的にも、断然得をもたらす訳ですね。
そう考えると、パクリ事情を見て、
何故、生み出す能力を高める事に時間を投資しないのだろうか
と素朴な疑問が消えません。
自らの首を絞める事を考えないのかと。
次から次へと生み出せるようになれば、その方が早いし、怖いものも無いし、敬愛される事にもなる。
場合によっては、そのコンテンツを放置しても構わないくらいにはなるはずです。
何度も関わらなくても良いくらいに。
最近読んだ「時間投資思考」にも通ずる。

「時間投資思考」
この本の基本概念を読み取った時につくづく思いました。
この本そのものには高い評価をしませんでしたのでオススメはしていません。
ですが、投資するべき所を見極めて、時間を投資する事が多くのリターンを生むという考え方には共感しています。
プロとしてのプライドによって、パクる事を善しとしない論理も報道の中でありました。
勿論、あるでしょう。そういった考えは大好きです。
ですが、個人的には生み出す為に考える事が好きなので、まずパクるという言葉にせよ概念にせよ、目や頭がいかないです。
独自性や洞察を鍛える事の方が、自然と自分が他者の為になるという論理をDNAレベルで感じています。
半ば本能でしょうか。
何が社会貢献や収益になるのかを考える。

冒頭の書籍を再読して感じた事。
価値となったり収益になるのは、
コンテンツや商品といった物体なのではなくて、それらを生む能力や労力というスキルであると感じました。
専門職の考え方に近いかも知れません。
例えば、弁護士の先生を思い浮かべてみて下さい。
これまでに時間や金銭を使って得た知識を、問題解決のスキルとしてビジネスにしています。
商品を売るにしても、物を売るよりも、そこに至るプロセスや至らせるスキルでしょう。
コンテンツマーケティングでは、いつもそれを思い知らされています。
オリジナルである事、またはオリジナルを目指す事、自分で生み出せる事、発信出来る事が何物にも代えられない多大なパワーの源。
そして、生み出せるスキルを磨く事が一生の財産になる。
それを改めて戒め感じさせてくれたように思います。
スキルを磨かないと愛されない。
※今回出て来た書籍:
「お客が集まるオンライン・コンテンツの作り方」を見たい
「時間投資思考」を見たい
スポンサーリンク | スポンサーリンク |
「何故、パクるの? コンテンツマーケティングの本を読んで再考した、不可解な事。」への7件のフィードバック
日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)